2021年2月10日のそらです 花粉症 鼻うがい
2021年2月10日のそらです
ただ今の気温3度、湿度50%
急激に気温が上昇中
今日は 気温が10度を超える予報
朝も明るくなる時間が 少しずつ早まってますね
近くて遠い春に 毎日ワクワクしております^^
花粉症の方にしてみたら 切ない季節
熱が出るし、入院できるものなら 入院したい!!
そんなつらさを 何度か聞いたことが あります
(そのつらさは ホント 本人にしか わからないですょね・・・)
私も 花粉に反応してたひとり
今 そこまで ひどくならなくないです
小さい頃
「花粉症」という単語が 無い時代から
まだ幼稚園に行ってたころから??(あまり覚えていません)
鼻が壊れる「春」を認識してました
のど、目、皮膚、口の中も大変だったけど
鼻、ひどかった
「私は 窒息して このまま死ぬのかも・・・」
幼稚園児のころ 真剣に考えてましたね^^
期間としては・・・
3学期から次の学年の1学期
小学校時代も 毎年 鼻が壊れてました
(とてつもない ストレスでしたね)
クラスに数名 似たような症状の子が いました
みんな、よく我慢したと 思う
私は
親に 鼻が おかしいから
学校を休みたい、、、と言ってみたことがあったけど
無反応・・・(-_-;)
ちなみに 両親は アレルギーの「ア」の字も無いです
当時 薬も無かったしね
でも
風邪薬を飲むと なぜか 鼻がラクになるコトを
何も知らないうちから
経験で 知ってしまった!
だから
お年玉を持って
近所の薬局に行きましたね^^
で、風邪薬を買った・・・
たまーーに 母と 買い物に行って
風邪薬を買ってもらったこともありました
「そんなに風邪薬飲んだら・・・・」
と言われてましたが
ピタッと、鼻の不調がとまるので
ひどい時だけ 我慢できずに 風邪薬 飲んでました
ワタシは この時期 風邪ひいているのかも
不本意だったけど そう思わざるを得なかったなぁ
長期連用
↑決してマネしないでください ↑
のちに
「抗ヒスタミンの作用」だったこと
大人になってから 知りました(-_-;)
そして
高校生になった頃
初めて「花粉症」と言う単語が
一般的に 使われるようになってきました
もともと アトピーが小学校低学年(いや、それ以前)から
大変だった
いわゆる
アレルギー体質
アトピーを診てくれる病院なんて 近くにありませんでした
初めて「皮膚科」に行ったのは 8歳かな
車で1時間かかる 隣の町でした
電車を乗り継いでも2時間では 着かないくらい
交通手段の乏しい ド田舎
当時は 田舎で 車を所有するのが 珍しい 文化
なのにウチは 貧乏なサラリーマン家庭でしたが
たまたま車があったのです
おかげで 皮膚科にも 連れて行ってもらえました
話は反れましたが
鼻の症状が ひどくなる一方だったので
社会人になってから
減感作療法しました
通うのが とっても大変だったけど
若かったので 何とか 通えましたね
長かった・・・(2年以上)
当時は 注射しかなかったのに
今は 舌下 もありますね
アレルギー根治治療(減感作療法 注射と舌下) | むこうがおかクリニック︱川崎市多摩区登戸︱土日も診療
減感作療法を続けると
徐々に 鼻の不調が 減りましたね
夜 熟睡できるって ありがたい!
そんな快適な時期を約10年過ごしたのですが
その後 まさかの 不調再発
でも
神は ワタシに 知恵を 与えた?
職場の子の 一言に 反応
それがコチラ ↓
「自分も 小さい時から 鼻炎がひどかったけど、鼻うがいするようになったら 薬飲まなくても 症状出なくなりましたょ」
ハナウガイ・・・・??
前にも 知人から聞いていた コトバ
その時は 見向きもしなかった コトバ
鼻うがい(ハナウガイ)
職場の子の一言で 覚醒しましたね
「絶対できない 鼻うがいなんて!!!」
その思いを とうとう超える時が来たのでしたーー♪
やり方は ググるといっぱい出てきますし 動画もありますね
で、実行に移した
その日から
鼻の不調は 減りました^^
衝撃的な 出来事
今まで 薬に頼っていた自分、何だったのかと・・・・
ワタシの中の
固定概念が 音を立てて ガラガラッと 崩れていったのでした
そこから月日が流れ
今も
鼻うがいは ほぼ毎日継続しております^^
お陰様で 風邪もひきにくくなりました
今では、鼻うがいグッズがたくさん 素晴らしい!!
耳鼻科によっては 鼻うがいをしてくれる時代
(あ、今は コロナの影響で やってません)
個人差があるので 絶対・・・ではないのですが、
「私は コレで ~ました」ってやつを 地で行きました^^
という お話
今日も ステキな一日をお過ごしください